設立までの流れ

平成23年11月

宮城県南三陸町に訪問し、東日本大震災への支援活動を始める。
平成23年12月より平成26年2月現在まで
毎月宮城県を中心に南三陸町、石巻市、東松島市に訪れ、ガレキ撤去・ご遺体捜索活動・漁業支援を約260日間に亘り支援を行う。

 

平成24年1月より

東京・大阪を中心に各地方よりボランティアを募り、第7回に渡るボランティアツアーを企画、 実行し約280名の方を南三陸町・石巻市に動員し、ガレキ撤去・ご遺体捜索活動・漁業支援・各種イベントを実施する。(平成24年1月30日読売新聞掲載)

平成23年3月

大阪(阿倍野区)にて被災地の現状を伝える講演会を阪南地区民生委員協議会等の主催のもと実施し、 阿倍野区町民約150名。そこで集めた義捐金12万円を被災地南三陸町へ寄付。(平成24年3月8日河北新報掲載)
以降、大阪・東京を中心に教育としては高校、大学にまた企業へは企連協研修会など10箇所に亘り約1380名に震災ボランティアについて被災地の現状を幅広く人民に伝える活動を行う。

平成24年4月

仮設住宅にこもる被災地の町民の現状により地域コミュニティが活性化されていない現状を訴え、 株式会社シャープ様に呼びかけ70インチ大型液晶3Dテレビを南三陸町へ贈呈して頂き、 現在は南三陸町生涯学習センターにて広く町民の皆様に活用されている。
(株式会社シャープホームページに掲載)

平成24年4月(同月)

娯楽施設のない南三陸町民の方々のご意向により、自身の職業を活かし元宝塚歌劇団生18名を募り、 南三陸町3箇所にてコンサートを企画・開催し、町民約400名を動員し、町民の方々の希望と喜びに繋がるイベントを実施した。(平成24年9月4日神戸新聞掲載)

平成24年6月

南三陸町より「南三陸町復興応援大使」として委嘱を受ける。

平成24年12~平成25年2月まで

南三陸町の行方不明者のご遺族の方の声を聞き、南三陸町役場に要請を依頼し役場、警察の認可のもとご遺体捜索活動を実施する。   後に計120本に及ぶ遺骨を警察に届け出す。(平成24年12月22日河北新報掲載)

平成24年9月

大阪にてチャリティーレッスンを企画・開催、レッスン代全額石巻市大川小学校の行方不明者の捜索費用に充てる。

平成24年10月より

仮設住宅の被災者の生活不活発病が問題視されていたことから、その予防・改善の為南三陸町3箇所にて毎月定期的に「フラダンス教室」を無料開催し、 町民約100名の方に体を動かすことによるストレス発散など笑顔に繋がる支援を提供する。
(2012年11月南三陸町広報誌の表紙を飾る)

平成24年12月

南三陸町幼稚園の教職員より、児童が減少していたことからお遊戯会を盛り上げて欲しいとのご依頼を受け、 南三陸町内幼稚園・保育所3箇所にて3度に亘り元宝塚歌劇団生の有志を募りコンサートを実施。 約400名の児童にクリスマスプレゼントを配布、児童同様保護者、職員の方から喜びの声を頂く。 同コンサートを同町の復興商店街/仮設住宅集会所にて3度に亘りクリスマスコンサートを企画・開催、約150名の町民にプレゼントを配布した。

平成25年6月

「南三陸町のひまわり畑を復元させるプロジェクト」を企画・実施。南三陸町の障害者施設「のぞみ福祉」と、 兵庫県の障害者施設「さいか」、また自身で集めた町民を含めたボランティア40名と共にひまわり畑を復元。
(平成25年6月17日河北新報に掲載、南三陸町公式ホームページに掲載)

平成26年1月

南三陸町教育委員会後援のもと、千葉県敬愛大学と東北出身ブラスバンド「みちのくブラスアンサンブルと南三陸町民の子供バンド 「サンシンズジュニア」と自身の集めたボランティア44名と共に音楽交流コンサートをもって、 他地域と南三陸町を繋ぐ企画を実施し、町民約100名と共に1つの舞台を作り上げた。
(平成25年12月28日読売新聞掲載、平成26年1月12日読売新聞掲載、平成26年1月12日三陸新報掲載、南三陸町公式ホームページ掲載)

平成26年1月12日

南三陸町よりご依頼を受け、平成26年度南三陸町成人式にて、新成人を含めた町民約300名に向け、南三陸町復興応援大使妃乃あんじとして講演を行った。
平成26年2月
今後も継続的な支援活動を行う為、一般社団法人changeを設立する。

投稿日:2017年1月19日 更新日:

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